早いもので、2019年のねぷた祭りも終わり、季節は秋に突入しました。

今回は、絵本通俗三国志の巻5~巻9上巻頭の三国志の有名人です。

 

○袁術字公路(えんすいあざなはこうろ)


○董卓字仲穎(とうたくあざなはちゅうえい)

中国歴史上最大の悪人といわれています。

 絶大な権力を握った董卓は、傍若無人な振る舞いで多くの人の恨みを買ったため、自分のそばに養子にした   呂布を置いて身辺を警護させましたが、最後は頼みの呂布に殺されました。

 三国志演義では貂蝉(ちょうせん)を争い、呂布に寝取られた挙句に殺されたことになっています。

 

○呂布字奉先(りょふあざなはほうせん) 

 三国志上最強と言われる猛将です。

 呂布は腕力が常人よりも遥かに強く、弓術・馬術にも秀でていたので「飛将」と呼ばれました。

 呂布の愛馬で当時の名馬中の名馬「赤 兎馬(せきとば)」を乗りこなし、相当強い弓を引いたようです。
 赤兎馬は呂布の死後、関羽の愛馬となりました。


 虎牢関の戦いでは、呂布が張飛と互角以上の打ち合いをし、劣勢な張飛に合力するため、関羽と劉備が加わってもなお持ちこたえた「三英戦呂布」が有名です。

 今年のねぷた祭りに2つの団体が、この場面の鏡絵を採用していました。

 

○董卓側室「貂蝉」(ちょうせん)

 中国三大美人の一人ですが、想像上の人物です。

 
 この女性を巡り、前述の董卓と呂布が争いました。


 ねぷたの世界では、「袁術」同様に「董卓」が描かれることはありませんが、「貂蝉」は見送り絵としてかなり有名です。


 この「貂蝉」の見送り絵は、女性の絵の上達には欠かせないと長谷川先生が良くおしゃっていたので、色紙を含め結構な数を練習したものです。


 そのうち描いてブログに発表しますが、飾りが少ないので苦手にしていたというか、彼女と私はかなり相性が悪いようです。

 こういってはなんですが、相性の良し悪しは絵でも存在します。本当です。

 

○典韋(てんい・字はなし) 

 通俗三国志に登場する武将は何とか将軍等と強そうな人達ばかりですが、その中で校尉という比較的低い身分ながら、中郎将の許褚(きょちょ)と並び典韋は、曹操の親衛隊長を務めました。

曹操の信頼が極めて厚く、忠誠心が強く慎み深い猛将だったようで歴史に名前が残っています。

ねぷたの世界では、時々鏡絵に登場します。

 

 

 ところで、将軍の位・ランクは次のようになります。

 大将軍→大司馬(だいしば)→驃騎将軍(ひょうき)→車騎将軍(しゃき)→衛将軍(えい)→前将軍・後将軍・左将軍・右将軍→その他名称の将軍。

 以下、中郎将→都尉→校尉→軍司馬→従事中郎等がありました。

 現在でいうと、大将軍・大司馬が元帥、驃騎将軍・車騎将軍・衛将軍が大将、前後左右の将軍が大将・中将、その他の将軍が中将・少将で、位によって1万石など高額なお給料をもらっていました。

 なお、中郎将が准将、都尉、校尉は大佐級、禄高は共に2千石でした。

 他に軍司馬1千石、中臈6百石と魏呉蜀どこに属しても、お給料はだいたい同じで決まっていました。

 ただ、当時の高給取りの基準は2千石が一つのラインで、さらに色々特権があったようです。

 

 

今回の写真は、主催している「長谷川流ねぷた塾 玄龍庵」のある日のスナップです。

今秋10月10日から13日まで、ギャラリー森山出発表会を開催します。

近くなったら詳しくお知らせしたいと思います。

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