今回は、文化3年(1806年)に刊行された山東京伝作、歌川豊国挿絵の「善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)」から「光滝夜叉(たきやしゃ)姫」です。

この物語は、平将門の子良門と滝夜叉姫が、妖術をもって父の遺志を果たそうと暗躍する復讐物語です。

 

挿絵師の歌川豊国(1769年~1825年)は、江戸天明期(1781年~89年)から寛政期(1789年~1801年)にかけて、黄表紙挿絵や錦絵の美人画を手がけ、役者絵において江戸の第一人者でした。

読本や合巻(草双紙類が5枚1冊に綴じてられていたのをまとめて厚く綴じたもので、文化元年頃に始まりました)の挿絵も多く描き、門人の中から実力者を多く輩出し、歌川派全盛の基礎を築きました。


 

物語のキャプション(何時もの通り国文研の木越先生)です。

瀧夜叉姫は、平将門の娘・如月尼。

肉芝仙という蟇仙人(ひきせんにん)から妖術を学び父の復讐を企てる弟・平良門を諫めるものの、妖術によって姫も弟と志を同じくしてしまう。最後に自害し、蟇(ヒキガエル)の妖術も解ける。

物語は謡曲『善知鳥』を素材とし、安方夫婦も登場、霊として滝夜叉姉弟に諫言する。

青森県の外ヶ浜も舞台として描かれている。


少し補足すると、善知鳥
(うとう)は、チドリ目・ウミスズメ科に分類される海鳥です。

この物語の」善知安方は、外ヶ浜にいたといわれる鴨ほどの大きさの海鳥で、親鳥が「うとう」と鳴くと子の鳥が「やすかた」と答えたとの伝承があります。

外ヶ浜は、現在の青森県東津軽郡外ヶ浜町や青森市の陸奥湾沿岸を指す古来の地名です。

善知安方忠義伝 滝夜叉姫(如月尼・平将門息女)

今回のプロジェクトで2番目に描いた絵です。

歌川派の絵は、どうしても横に広がる傾向なので、骨が折れました。

これはねぷたが、奉書(縦90㎝横60㎝)2に絵を描いたなごり?から、大まかに2:3の割合で横が縦より短いので、横に広い絵を見送り絵や袖絵に採用しにくいからです。

 


さて、絵としては、この物語の挿絵より歌川国芳が描いた「相馬の古内裏」が有名です。

相馬の古内裏とは、下総相馬にあった平将門の政庁の廃屋のことで、父の遺志を継いで謀反を企てる瀧夜叉姫が妖術を使って味方を集めた場所をいいます。

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この絵は、「善知鳥安方忠義伝」の一場面を浮世絵に仕立てたもので、将門の娘、瀧夜叉姫があやつる巨大な骸骨と大宅太郎光圀らが戦う場面です。